6枚の申請書をLINEで1タップに。現場目線のデザインで町役場を変えるDXアドバイザー 藤尾早紀さん|佐賀県基山町

佐賀県、福岡県境に位置する基山町。この町で、役場の窓口業務や住民サービスのデジタル化を推進しているのが、DXアドバイザーの藤尾早紀さんです。かつて家電量販店でインターネットが普及し始めた時期に設定業務などに携わり、テクニカルセンターでの実務経験も持つ藤尾さんは、現在、デザインとプログラミングの双方を理解する人材として、自治体と住民を繋ぐ架け橋となっています。

煩雑な医療費助成の申請プロセスをLINEで簡略化し、キャンプ場の予約・決済を完全にデジタル化するなど、藤尾さんが手掛ける改善策は、常に「現場の使いやすさ」が起点にあります。単なるシステムの導入に留まらず、職員のITサポートから地域の小規模事業者へのInstagram活用指導まで、多岐にわたる藤尾さんの活動と、その根底にある「DX人材」への想いを伺いました。


家電量販店からフリーランスへ。地域のITを支える原点

編集部:藤尾さんは現在、基山町でDXアドバイザーとして活躍されていますが、これまでのキャリアの歩みについて教えていただけますか。

藤尾さん:もともとは家電量販店でアルバイトをしていた大学生の頃に、ちょうどADSLなどのインターネットサービスが普及し始めた時期でした。そこでパソコンの販売やネットの設定に触れたのが原点ですね。その後、実務経験を積み、結婚を機に佐賀へ移り住みました。フリーランスとして活動を始めたのは2年ほど前、息子が小学校に上がるタイミングです。

編集部:独立当初は、どのようなお仕事をされていたのでしょうか。

藤尾さん:営業活動は一切せず、知り合いからの紹介で仕事が広がっていきました。さきちゃんならネットやデザイン、ホームページ制作まで何でもできると言っていただいて。コロナ禍ということもあり、地元の飲食店さんのInstagram運用やデリバリー用のチラシ作成、補助金の申請サポートなど、身近な困りごとを解決するうちに、商工会の専門家講師としても活動するようになりました。

6枚の書類を1タップに。住民に寄り添う「窓口DX」の実践

編集部:現在、基山町役場ではどのようなDXプロジェクトが進んでいるのでしょうか。

藤尾さん:特に反響が大きいのが、子どもの医療費助成の申請です。これまでは、病院や薬局ごとに紙の領収書を揃え、月に何度も手書きで申請書を作成する必要がありました。多い人では一度に6枚以上の書類を窓口に持ってくることもあります。これをLINEで申請できるようにシステムを構築しました。2回目以降は、以前の内容を引き継いでボタン一つで書類が作成される仕組みです。

編集部:住民の方々の反応はいかがですか。

藤尾さん:ちょうど導入初日に6枚の書類を持ってきた方がいらっしゃったのですが、もう書かなくていいんですか? めっちゃ楽ですね!と喜んでいただけました。また、キャンプ場の予約システムも刷新しました。以前は現金のみの対応や、メールで送られたQRコードに金額を入力して支払うといった複雑な運用でしたが、現在はLINE上で予約から決済、前日のリマインドまでが完結します。

ノーコードツールの裏側にある、プログラミング思考の重要性

編集部:システムの構築にはガバテックというツールを活用されているとのことですが、導入の背景を教えてください。

藤尾さん:自治体にとってコストが抑えられる点はもちろんですが、ノーコードで柔軟にカスタマイズできることが決め手でした。ただ、ノーコードと言っても、その裏側にはしっかりとしたプログラミング思考が必要です。管理画面を操作する際も、ロジカルにフローを組む力がないと、自治体ごとに異なる複雑な条例や運用には対応できません。

編集部:デザインの視点も、システムの使い勝手に影響しているのでしょうか。

藤尾さん:そうですね。プログラマーの視点だけでは、UIが分かりにくくなってしまうことがあります。私はもともとデザインも手掛けていたので、ここを押せばいいと直感的に伝わる画面設計を心がけています。役場内のサーバー管理やマイナンバーを扱うセキュリティ面での制約は非常に厳しいですが、その中でいかに住民にとって最適な体験を作れるかが腕の見せ所です。

DXは「人材」から。役場内外でITの心理的障壁を下げる

編集部:役場内では、職員の方々からのIT相談も多いとお聞きしました。

藤尾さん:どういう写真を撮ったらいいかわからない、動画をどう送ればいいかといった、日常的な困りごともたくさん寄せられます。研修会を開くだけでなく、オープンチャットを作って各課からの依頼や相談を気軽に受けられるようにしています。DXは魔法ではなく、一人ひとりの職員がデジタルを味方につけることから始まります。私が庁内にいることで、ITへの心理的ハードルを少しずつ下げていければと思っています。

編集部:最後に、これからの展望を聞かせてください。

編集部:DXを推進できる人材を増やしていきたいという野望があります。プログラミングとデザイン、そして現場の課題をヒアリングするコミュニケーション能力。これらを兼ね備えた人材がいれば、自治体はもっと良くなります。また、最新のAI技術や海外の情報をキャッチアップし続け、それを地域の事業者さんに還元していくことも、私の大切な役割だと思っています。

編集後記

プログラミングは呪文のようなものと笑う藤尾さんですが、その実体は、煩雑な事務作業から人々を解放し、暮らしに余白を作るための緻密な設計図でした。技術を誇示するのではなく、高齢者から子育て世代までが当たり前に使えるLINEという入り口を整える。その真摯な姿勢が、基山町のデジタル化を加速させています。藤尾さんのような通訳者の存在こそが、地方自治体の未来を照らす鍵になるのではないでしょうか。