渋谷のベンチャーから「島の広報」へ転身した若者の挑戦。SNSで掘り起こす徳之島の可能性 —— 三浦里穂子さん|鹿児島県徳之島町

鹿児島県、奄美群島のほぼ中央に位置する徳之島。日本一の合計特殊出生率を誇る「子宝の島」であり、闘牛やトライアスロンが盛んなこの島に、2022年5月、一人の若きクリエイターが移住しました。三浦里穂子さん、ニックネームは「りーさん」。神奈川県で育ち、東京・渋谷のイベントの企画・制作会社で社会課題の解決に奔走していた彼女は、なぜ人口約2万人の離島を新天地に選んだのでしょうか。

現在は徳之島町役場を拠点に、SNSを通じた情報発信を担うりーさん。フォロワー数を着実に伸ばし、島の「認知」を変えようとする彼女の視点には、都会での葛藤と、離島での共同生活で得た深い気づきがありました。島独自のプロダクト開発や、地元の事業者向けSNS講座の開設など、島に新たな「自律した仕組み」を作ろうと奮闘するりーさんに、その歩みと展望を伺いました。

社会課題を軸に選んだ、渋谷でのイベント制作

編集部: りーさんはもともと神奈川県のご出身とのことですが、大学卒業後はどのようなキャリアを歩まれていたのでしょうか。

りーさん:大学は法政大学で福祉や地方コミュニティについて学んでいました。卒業後は、渋谷にある社会課題に特化したイベント企画・制作会社に就職しました。大学3年生の頃からインターンとして入っていました。

編集部: 学生時代から「社会課題」というテーマに関心を持ち、それを形にする仕事に就かれたのですね。

りーさん: 就職活動の際、解決すべき社会課題がこの世に多すぎて、一つに絞りきれなかったんです。そんな時、当時の会社に出会い、「ここならあらゆる社会課題に触れられる、選ばなくていいんだ」と直感して飛び込みました。事務職ではなく、自分の手で企画を動かす仕事がしたかったんです。少数精鋭の会社で非常に忙しく、仕事に慣れてくる一方で、次第に「このままでいいのかな」という思いも芽生え始めました。

偶然の出会いから始まった、徳之島での共同生活

編集部: そこからなぜ、徳之島への移住という大きな決断に至ったのでしょうか。

りーさん: きっかけは大学4年生の夏休みでした。島おこしボランティアのサイトで見つけたプログラムに参加しようとしたんです。最初は別の島に行く予定だったのですが、コロナの影響で出発2日前に受け入れが中止になってしまって。偶然辿り着いたのが、徳之島の「宮出珈琲園」でした。そこで約15人のメンバーと大共同生活を送った経験が、私の人生の転換点になりました。

編集部: 初めて訪れた徳之島での生活は、どのような体験でしたか。

りーさん: 都会では考えられないような時間の流れがありました。例えば、夕日を1時間、何もしないで眺めるような時間です。同じ地球、ましてや日本の中で、このような時間を日常で過ごしている人がいることに衝撃を受けたのを覚えています。また、個性豊かな仲間たちと過ごす中で、「ここなら自分らしく生きていけるかも」と直感しました。徳之島で過ごした約10日間、「今日も楽しかったな、昨日も楽しかったな、明日も楽しみだな」と毎日思っていました。そんな中で、「明日、昨日に戻りたくなる今日を生きる(Re:day)」という自分の人生の中で大事にしたい軸を見つけました。
一度、東京に戻って社会人として忙しなく働く中で、明日の朝を迎えるのすら辛くなっていたとき、ふと徳之島での自分の軸を思い出し、「自分の軸どころか、私は明日の朝すら嫌になっているじゃないか…」とハッとした瞬間、徳之島へ移住することを決めました。

日本一の子宝と闘牛文化。島が持つ独自の魅力

編集部: 実際に住んでみて感じる、徳之島ならではの魅力について教えてください。

りーさん: 数値で言えば、合計特殊出生率が日本一で、最新のデータでも2.25という高い数値を記録している「子宝の島」であることです。空港の名前も「徳之島子宝空港」というんですよ。また、闘牛が日常に溶け込んでいて、トレーニング中の牛が道路をお散歩している光景に出会うこともあります。牛主さん曰く、「牛は都会で飼う犬や猫のペットと同じ」らしく、毎日沢山の時間をかけて、愛を持ってお世話をしていて、本当にすごいんです。

編集部: トライアスロンの島としても有名ですよね。

りーさん: はい、「鉄人の島」とも呼ばれています。大会の時には島民総出でおもてなしをするのですが、前夜祭や後夜祭での盛り上がりは凄まじいです。沿道には知らない人同士でも応援し合う温かい文化が当たり前に存在します。最初は移住者ゆえに「よそ者」としてのしがらみを心配していましたが、そんな心配は一切いらないくらい、とても温かく受け入れてもらえました。街の行事に顔を出したり、SNSで島について発信し続けているうちに、地元の方からも応援していただけるようになりました。

外から来た視点が、島の魅力を映し出す

編集部: 日々の発信において、特に大切にされていることはありますか。

りーさん: 現在は、島の観光に特化した発信を行っていますが、日々の発信で大切にしていることは、「島のそのままの温度を伝える」ということです。私が思う徳之島の良さは、人との繋がりや日常の中にある会話、思いやりだと思っています。例えば、飲食店に撮影に行ったとき、「最近よく頑張ってるね、いつもありがとうね」とか、大家さんが「今日もお疲れ様」と言ってくれたり…。きっと島の人にとっては当たり前の何気ない言葉なのかもしれないけれど、お隣さんですら会話の無い都会で生きてきた私にとって、すごく心に沁みるものがありました。なので、私が感じた島の何気ない空気感や温度を伝えられるように意識しています。

編集部:外部への発信だけでなく、島の中での変化も感じられているのですね。そうした想いで発信を続ける中で、りーさん自身が「発信していてよかった」と感じた瞬間はありますか。

りーさん: はい。一番は、徳之島に関わる方々の力になれていると感じられるときです。島外の方が徳之島を訪れる際、私の発信を参考に旅のプランを立ててくださったり、紹介したお店に足を運んでくださったりして、「助かりました」とご連絡をいただくことがあります。そうした声をいただくと、この発信を続けていてよかったと感じます。また、島で暮らしている方から、「自分たちの暮らしている島が、こんなに素敵な場所だったとは思わなかった」と言っていただくこともあります。外から来た私だからこそ見える視点で発信できているのだと実感できたとき、移住してきた意味を強く感じます。

地域おこし協力隊として、発信を軸に「仕事をつくる」挑戦

編集部: 徳之島町の地域おこし協力隊としての具体的な活動や、今後の展望について教えてください。

りーさん: 現在は、徳之島町役場の公式アカウントと、自身のSNSアカウントでの情報発信を中心に活動しています。役場のアカウントでは、町内のイベントや行事に参加しながらリール動画の撮影・編集を行い、徳之島町民の皆さんにとって思い出として残るような発信を意識しています。
一方、自身のアカウントでは、徳之島の観光を軸に、島の飲食店の紹介やモデルプラン、アクセス方法など、旅行者の方にとって実用的な情報を発信しています。
こうした発信活動を基盤にしながら、任期も残り半分となった現在は、その先を見据えて「仕事をつくる」というフェーズにも挑戦しています。具体的には、徳之島の魅力を形として届けるお土産づくりや、島の事業者の方に向けたSNS講座の企画を進めています。まだ試行錯誤の段階ではありますが、徳之島と関わり続けて生きていくための一歩として、挑戦を続けていきたいと思っています。

編集後記 渋谷の喧騒から徳之島の自然の中へと飛び込んだりーさん。彼女の言葉からは、単なる憧れではない、地域と誠実に向き合う覚悟が伝わってきました。SNSという現代のツールを使いながら、彼女が守ろうとしているのは、島の人々が大切にしてきた文化や、この島でしか味わえない豊かな時間そのものです。一人の若者の発信が、やがて島全体の自信へと繋がっていく。その軌跡をこれからも見守り続けていきたいです。