子どもの主体性を育む「教育移住」。高知・土佐市の豊かな食と自然が、子どもの感性を解き放つ —— 地域おこし協力隊 飯島悠史さん

神奈川県鎌倉市。観光地としても居住地としても絶大な人気を誇るその街から、2023年春、一人の男性が家族と共に四国・高知県土佐市へと居を移しました。飯島悠史さん。鎌倉で7年間、親子カフェ「ミソラカフェ」を運営し、多くの子育て世代に寄り添ってきた彼が、なぜ新天地に高知を選び、地域おこし協力隊として活動することになったのでしょうか。

その背景には、一人の親として娘の教育環境に真摯に向き合った決断と、地域における「食」と「五感を通じた教育」への深い洞察がありました。現在は土佐市の中心市街地で、書店が集まるスペースを拠点にしながら、町の歴史と現在を記録し、未来へ繋ぐ「絵本」の制作に注力しています。任期終了を目前に控えた飯島さんに、移住の真相と、彼が見据える「子育てを真ん中に置いた街づくり」の本質について話を伺いました。


鎌倉での親子カフェ運営。街の「不便さ」から生まれた居場所

編集部: 飯島さんはもともと鎌倉で非常に人気のあるカフェを経営されていたそうですね。まずは、移住を決意されるまでのキャリアについて詳しく教えていただけますか。

飯島さん: 生まれは千葉で、中学からは都内で過ごしました。大学卒業後はまずスイミングのコーチになり、3年ほど子どもたちに水泳を教えていました。その後、知人から声をかけてもらい、競技用自転車のプロショップの立ち上げに携わったんです。私はショップに集まるコミュニティをどう盛り上げるか、お客様といかに長く付き合える関係を築くかといった運営面を4年ほど担当していました。その後、結婚して鎌倉へ移ったのですが、当時は夫婦で何かお店ができればいいなと漠然と考えている程度で、飲食の経験も全くありませんでした。

編集部: 飲食未経験から「ミソラカフェ」を立ち上げ、7年間も継続し、多くの方に親しまれる場所へと育て上げられたのは、素晴らしい実績ですね。なぜ「親子カフェ」というコンセプトに行き着いたのでしょうか。

飯島さん: きっかけは妻の妊娠でした。自分たちに子どもができるとなって初めて街を眺めたとき、景色が一変したんです。鎌倉は魅力的な飲食店が多い街ですが、いざ子どもを連れて行こうとすると、安心して過ごせる場所が驚くほど少ないことに気づきました。大人向けの店が多く、子どもが少し声を出すだけで肩身の狭い思いをすることもありました。この「不便さ」の中にこそ役割があると考え、離乳食から全て手作りし、オーガニックな食材にこだわった親子カフェをオープンしました。気づけば7年の月日が経っていました。

娘の感性を尊重するための決断。高知への「教育移住」

編集部: 順調だった鎌倉での生活を離れ、高知へ移住するという決断。そこにはどのような背景があったのでしょうか。

飯島さん: 一番の理由は、娘の教育環境を根本から見直したいという思いでした。娘が小学校1年生の時、先生の「休み時間はみんなで外で遊びなさい」というルールに、幼いながらも違和感を抱いたようです。娘は本を読むのがとても好きな子で、 休み時間も本に触れることで心がリセットできる何より大切な時間のようでした。友達と遊びたくない訳じゃないけど、その時自分が「これをしたい」と思っているタイミングで行動を制限されることが、悲しかったようです。親として、娘の主体性が少しずつ損なわれていくような感覚があり、もっと合う環境があるのではないかと夫婦で話し合いました。

編集部: その悩みを解決する指針となったのが、ある映画だったそうですね。

飯島さん: はい、『夢みる小学校』というドキュメンタリー映画です。子どもたちが主体性を持って学びを掴みに行き、自然の中で自分の好きなことを追求している姿を見て、家族で衝撃を受けました。映画を観終わった帰り道、当時小学1年生の終わりだった娘が、「お父さんお母さん、私は来週から2年生になるけれど、6年生まで今の小学校には通うよ。でも、もし映画に出てきたような中学校が近くにあるなら、そこを受験したい」と話してくれたんです。その願いを娘自ら伝えてくれたことが親として誇らしかったです。本人はその環境でやり過ごそうとしていましたが、その想いを抱えたまま5年間を過ごさせるのは親も子も辛すぎる感じ、家族で話し合い、移住への覚悟が決まりました。

食の豊かさが五感を育む。高知で見つけた「本物」の環境

編集部: お子さんの健やかな成長に真っ直ぐ向き合った、素晴らしい決断ですね。数ある移住先候補の中から、最終的に高知県土佐市を選んだ決め手は何だったのでしょうか。

飯島さん: 一番の決め手は、映画『夢みる小学校』を実践するような教育環境を持つ小学校が高知で見つかったことです。この出会いが移住を決める上での大きな事情となりました。それに加えて、高知が持つ「圧倒的な食の豊かさ」にも魅了されました。高知は食材の宝庫です。お米、魚、肉、野菜、どれをとっても質が高く、何より「本物の調味料」が日常の中に溶け込んでいます。例えば天日塩。産地別の天日塩が、地元の道の駅で当たり前に手に入ります。この豊かな食文化と綺麗な水に触れながら育つことは、子どもが自分の感性を大切に成長する土台を築く上で、最高の教育環境になると確信しました。

枠にとらわれない活動。フリーミッションで挑む町との対話

編集部: 移住後は「地域おこし協力隊」として活動されています。ミッションや活動内容について教えてください。

飯島さん: 自ら街の課題を見つけ出し、枠にとらわれず柔軟にアクションを起こしたいと考え、フリーミッションを選びました。活動当初は、行政側と活動のあり方について丁寧に協議を重ねることもありましたが、地域での関係性作りが持つ本質的な価値を伝えることで、現在の自律的な活動スタイルを確立していきました。今は中心市街地にある古書が集まるスペースを拠点にし、無料でコーヒーを提供しながら、様々なジャンルの方々との ” 雑談 ” から生まれるワクワクを地域に結びつけていく場作りをしています。

記憶を未来へ繋ぐ。多世代が交流する「町の絵本」

編集部: 活動の集大成として制作されている「町の絵本」について詳しく伺いたいのですが、どのようなプロジェクトなのでしょうか。

飯島さん: 任期終了後も町に残り続けるための「動くツール」として、土佐市の風景の中に生活している様々な人や文化を可視化した文字のない本を制作しています。同一地域を ” 現代(今) ” と ” かつて(昔) ” で対比させているのページがあるのも特徴です。地域のお年寄りの方々から昔の写真を見せてもらい、当時の記憶を聞き取ってイラストに反映させました。孫世代とおじいちゃん世代が一緒に読みながら「昔はここにお店があったんだよ」といった会話が生まれる仕掛けです。リスペクトと世代を超えた対話が生まれるきっかけになればと考えています。また、昔があって今がある。 じゃあ未来はどんな町にしようか。 そんな風に町を想ってもらえたら嬉しいです。

編集部: 制作資金の集め方も、非常に独自性があるとお聞きしました。

飯島さん: 協力隊の予算の一部を使って制作するため、初版の2000冊で利益を出すことはできません。それならば、この2000冊を「町の子どもたちへのプレゼント」にしようと考えました。制作費を町の大人たちや企業からの協賛金で賄う仕組みです。この仕組みのお金集めは、「子育てと町の未来を願う地域の大人達の想いを、 絵本を通して可視化できる」と思いました。これを達成することが世代を超えて、 願いや想いが巡って循環することに繋がると考えたんです。まもなく最終データを印刷に回す段階にあり、今まさに町の人達の想いが一つに集まってきているところです。

本物に触れる体験が、子どもの非認知能力を育てる

編集部: 移住から間もなく3年。飯島さんが考える、高知での子育ての「価値」とは何でしょうか。

飯島さん: 豊かな大自然のなかで本物に触れることができるところです。心の感じるままに五感を最大限に使うことは、 子どもの感性が豊かに育つ上で何よりも大切な事です。 山から雲が生まれる景色には理科が潜み、川でする水切りには算数が潜んでいます。それは本来、 高知でなくても意識できるのでしょうが(笑)でも、 どっぷり浸かるというのはやっぱりひとつの環境作りだと思います。高知では、自然の流れの中に自分がいることを肌で感じられます。こうした「非認知能力」を育む土壌が、ここには当たり前に存在します。地元の方々は「何もない町だ」とおっしゃいますが、都会から来た私たちからすれば、ここは最上級の環境です。私は絵本や活動を通じて、地元の方々が自分たちの町をより誇らしく思えるようなお手伝いをしていきたいと思っています。

編集部: 今後の展望と、移住を検討している方へのメッセージをお願いします。

飯島さん: まずはこの絵本を土佐市のすべての子どもたちに届け、町の宝物にすることです。卒業後も、この拠点を中心に場作りを続けていきます。娘は今、全校生徒80人ほどの学校で、あだ名で呼び合う先生たちに囲まれ、自分の興味があることに没頭しています。「やってみて、ダメだったら考えよう」という寛容な空気の中で育つ子どもたちは本当に逞しいです。教育やライフスタイルに悩みがあるなら、一度「体験」してみることをお勧めします。高知には、想像以上の豊かさが待っています。

編集後記

鎌倉での生活から一転、娘の健やかな成長を願って高知へと移住した飯島さん。彼の言葉には、一人の親としての深い愛情と、地域コミュニティの可能性を信じる情熱が宿っています。地方創生の本質とは、単なる人口増ではなく、そこに住む人々が互いの個性を認め合い、対話を通じて新しい価値を生み出すことにあるのではないでしょうか。一冊の絵本が紡ぐ土佐市の新しい景色に、これからも注目していきたいです。