神奈川県相模原市。72万人が暮らす政令指定都市でありながら、緑区の旧藤野町周辺には豊かな里山が広がる。都心から1時間圏内という好立地に惹かれ、近年この地には専門スキルを持つクリエイターやエンジニアの移住が相次いでいる。
IT業界の最前線にいた若者が、なぜ自然豊かな山あいの街を選び、デジタルの力で地域をどう変えようとしているのか。相模原市の中山間地域で活動する地域おこし協力隊、中島さんと高濱さんへのインタビューから、住民の主体性に寄り添い、共に未来を創る「伴走型」の地域づくりの姿を探る。

中島 竜馬さん(画像左):相模原市地域おこし協力隊3年目。ソフトウェアエンジニア。液晶タブレット開発等に従事。海外放浪を経て、「都心から1時間圏内のハブ拠点作り」を目指し着任。
高濱 晃平さん(画像右):相模原市地域おこし協力隊1年目。ウェブマーケター。SEOや広告運用の専門家。フルリモートワーク下で「顔の見えるビジネス」の重要性を感じ、自ら志願して着任。
都市から地域へ。移住を決めた「手触り感のある繋がり」
二人の経歴は現代のIT業界を象徴している。中島さんは世界的なデバイス開発企業のエンジニア、高濱さんは場所を選ばないフルリモートのマーケター。一見、順風満帆なキャリアの舞台を地域へと移した理由は「手触り感のある繋がり」だった。
中島さんは24歳で会社を辞め、海外でボランティアと宿泊を交換する「ワークアウェイ」を経験。「海外のオープンな暮らしに触れ、日本にも家族の枠を超えた『ハブとなる場所』を作りたいと考えた」と語る。
一方、高濱さんはコロナ禍での孤独なリモートワークが転機となった。「パソコンを叩き続ける生活に、対面で生まれる温度感が欠けていると気づいた。趣味のトライアスロンで馴染みがあった相模原で、自身のスキルを『顔の見える距離感』で活かしたかった」と振り返る。

Googleマップから始まる、泥臭くも温かいデジタル支援
彼らのミッションは「地域のデジタル支援」。しかし、その実態は店主一人ひとりと向き合う泥臭い作業の連続だ。
高濱さんはまずGoogleマップの情報整備に着手した。「地域の店は営業時間が実態と違ったり、登録がなかったりします。情報の正確性を整えることが、観光客の機会損失を防ぐ最も即効性のある支援です」
中島さんは、事業者向けに「Canva」を使ったチラシ作りや、ふるさと納税の返礼品登録をサポートする。「パソコンを持たない事業者さんもいるが、その『商売の熱意』は素晴らしい。そこにプロとしてのスキルを添えるのが僕たちの役割です」
地域住民向けには、「デジタル機器なんでも相談会」を令和6年1月から毎月開催し、主にスマートフォンやパソコンの操作方法等について、2年間で延べ500人を超える住民の困りごとに対応してきた。
デジタルを単なる効率化ツールではなく、人間関係を深める手段として再定義する。かつて都心で「数字」を追っていた頃とは違う充実感がそこにはある。
28のプロジェクトを動かす、行政と民間の「ハブ」
相模原市の協力隊は、活動拠点「森のイノベーションラボFUJINO(森ラボ)」を軸に多角的な活動を展開している。現在、関わっているプロジェクトは大小合わせて28個(2026年1月現在)にのぼる。
「耕作放棄地の再生や空き家活用など、住民の方がリーダーを務める活動に伴走しています。行政と民間の中間に位置する存在として、民間だけでは難しい課題にも取り組めているのが強みです」と中島さんは説明する。
協力隊の活動が森ラボの交流機能を強化し、「住民主体」での地域課題への取り組みを支援している。行政の信頼を背負いつつ、民間のスピード感で伴走する。この絶妙なバランスが、地域に多くの化学反応を起こしている。

「出口戦略」自律したプレイヤーとしての定住
3年の任期満了を控える中島さんは、すでに次のステップを見据えている。
「拠点の運営を続けながら、エンジニアとして『集中力を高めるアプリ』を開発しています。これを地域の自然体験と連動させ、アプリで貯まったポイントを地域で使えるようにしたい。そうやって『関係人口』を循環させる仕組みを作ります」
高濱さんも、自身のマーケティングスキルを活かしたコンサルティングやSNS運用代行など、地域に複数の「柱」を立てる生き方を模索している。専門スキルを武器に、中山間地域で持続可能な生活を送るための知恵だ。
「結びに」テクノロジーと人間性が調和する未来
「何もない贅沢」と二人は笑う。都心のような利便性はなくとも、そこには音のない集中環境と、人の温かさがある。
「歩いているだけで気持ちいい。仕事にすごく集中できる」と高濱さんが言えば、中島さんも「3年間で培った人脈こそが最大の武器になる」と前を向く。
ソフトウェアエンジニア、ウェブマーケターとしての専門性を保ちながら、彼らが守ろうとしているのは地域の「体温」だ。デジタルの力で断絶を埋め、住民が自ら動き出す土壌を作る。相模原・藤野で進むこの試みは、テクノロジーと人間性が調和した「豊かさ」の形を私たちに示している。
