福井県あわら市。北陸新幹線の延伸により、新たな時代の転換点に立つこの街で、異色の経歴を持つ若手議員が活動している。中嶋みずきさん。1993年生まれの彼女は、東京のEdTech(教育×テクノロジー)企業でデータサイエンティストとして勤務しながら、あわら市議会議員としての職務を全をうする「兼業議員」だ。

「教育を内側からアップデートしたい」という強い意志を抱き、市政に飛び込んだ中嶋さん。データという客観的な指標を武器に、しがらみや慣習にとらわれない新しい地方自治の形を模索する彼女の視座に迫った。
リモートワークが転機に。東京を離れ、あわら市へ移住した理由
編集部:中嶋さんは1993年生まれということで、32歳の働き盛りですね。若くして市議会議員という道を選ばれた背景には、どのような思いがあったのでしょうか。
中嶋さん:私は今の世代の方々と多くの価値観を共有していると感じています。もともとは福井県内の坂井市春江町の出身です。大学進学を機に一度福井を離れたのですが、当時は自分が政治の世界、それも地元に近いあわら市で議員になるとは想像もしていませんでした。大学を卒業し、社会に出て経験を積む中で、自分の育った地域の将来や、日本の教育システムに対して「自分にできることはないか」という問いが大きくなっていったのが始まりです。同世代が社会の中心へと移り変わっていく中で、若い視点を持って地域の課題に向き合うことの重要性を強く感じました。

編集部:大学進学で一度県外に出られた後、どのようなタイミングで福井に戻ることを決めたのですか。
中嶋さん:転機となったのは、コロナ禍の影響が大きかったです。私は東京にある教育系の企業に勤めていたのですが、流行によって会社が完全にフルリモートワークへと移行しました。それまでは「仕事をするなら東京にいなければならない」という固定観念がありましたが、どこにいても仕事ができる環境が整ったことで、「あえて東京に住み続ける意味はあるのだろうか」と考えるようになったんです。リモートワークが始まって1年ほど経った頃、ふと「これなら地元に帰っても仕事ができるな」という確信が持てました。コロナ禍は多くの困難をもたらしましたが、私にとっては自分の生き方や働く場所を再定義し、故郷へ戻るきっかけを与えてくれた時間でもありました。
編集部:地元である坂井市ではなく、あわら市を移住先に選ばれたのには何か理由があったのでしょうか。
中嶋さん:戻る場所を検討する際、もちろん実家のある春江も候補にありましたが、福井県内の他の選択肢も広く探しました。その中で、あわら市は非常に機能的に映ったんです。まず、北陸新幹線の延伸によって新幹線の駅ができるという将来性がありましたし、隣の石川県にある小松空港へのアクセスも非常に良い。私は旅行が大好きなので、国内外へアクセスしやすい環境は譲れない条件でした。加えて、大きな理由が「温泉」です。日常の中にお湯に浸かる暮らしがあることに強く惹かれました。利便性と豊かな生活環境を天秤にかけた時、あわら市が自分にとって最もバランスの良い、住みたい場所だという結論に至りました。

「この街に腰を据える」20代での持ち家購入と覚悟
編集部:移住にあたって、賃貸ではなく家を購入されたとお聞きしました。20代での決断としてはかなり思い切ったものだと思いますが、どのような心境だったのですか。
中嶋さん:あわら市に住むと決めた時、自分の中で一つの区切りというか、ここで生活を営むという意思表示がありました。賃貸であれば、もし何かあってもすぐに別の場所へ移ることができます。でも、それだと自分の中での実感が薄くなってしまう気がしたんです。そこで、思い切って自分の家を購入しました。独身ですし、周りからは驚かれましたが、私にとっては「この街に腰を据えて、ここで生活していく」という自分なりの選択でした。人生において大きな買い物でしたが、この決断をしたことで、あわら市の課題をより身近なこととして捉える感覚が強まりました。
EdTech企業でのデータ分析を武器に、教育を「内側」から変える
編集部:現在も議員活動と並行して、民間のEdTech企業でお仕事をされていますね。具体的にはどのような業務を担当されているのですか。
中嶋さん:私は現在、小中学校で使われているタブレット教材を開発・提供している企業に勤めています。職種としてはデータサイエンティストに近い、分析業務がメインです。子どもたちがタブレットでどのように学び、その結果として学力がどう変化したのか、膨大な学習データを分析しています。私たちの仕事は教材を作って売って終わりではありません。自治体や学校に導入していただいた後、それが実際にどれほどの学習効果をもたらしているのか、費用対効果はどうなのかをエビデンスに基づいて検証し、フィードバックを行っています。この「データに基づいて現状を把握し、改善策を打つ」という視点は、今の政治活動においても私の武器になっています。
編集部:民間企業の立場から教育に関わっていた中嶋さんが、なぜ政治の世界に入ろうと思われたのでしょうか。
中嶋さん:仕事を通じて各地の教育委員会の方々と対話する機会が多かったのですが、そこで多くの壁にぶつかったのが原点です。教育委員会の方々が「子どもたちのために新しい教育を導入したい」という熱い思いを持っていても、最終的には「予算がない」「財政状況が許さない」という理由で断念せざるを得ない場面を何度も目の当たりにしました。また、政策の決定プロセスが必ずしも論理的なデータに基づいていないことへの違和感もありました。外側から提案し続けるよりも、意思決定を行う内側の組織に入って、仕組みそのものを変えていかなければならないと強く感じるようになったんです。

編集部:教育を内側から変えるという言葉に、具体的な方向性はありますか。
中嶋さん:日本の教育システムを現代に合わせて最適化していく必要があります。私の勤める会社の社長も「日本の教育をアップデートしよう」という理念を持っており、私が議員を目指すと伝えた時も「それなら応援するよ」と背中を押してくれました。私自身、全国規模で教育を変えたいという志を持っていましたが、まずは自分が住み、好きになったこのあわら市という街から変えていこうと決めたんです。自治体の教育行政に直接関わり、予算の配分や政策の優先順位を議論する立場になることで、これまで感じていた「予算の壁」や「意思決定の停滞」を一つずつ解消していきたいと考えています。
テストの点数を超えて「試行錯誤のプロセス」を評価する教育へ
編集部:教育の中身について、中嶋さんが特に重視している「評価」のあり方について教えてください。
中嶋さん:私たちの世代までは、テストの点数だけで人間の能力が測られ、良い点数を取って良い大学に行くことが唯一の正解とされるような価値観の中で育ってきました。しかし、社会に出れば分かりますが、テストで測れる能力はごく一部に過ぎません。私がやりたいのは、点数だけでは見えない、子どもたちが試行錯誤する「プロセス(過程)」を正当に評価することです。どのように問いを立て、どのように解決策を探ったのか。そのプロセスそのものに評価の基準を置く仕組みを、公教育の現場でも実現したいと強く思っています。
編集部:そのプロセス評価については、大学院時代に専門的に研究されていたそうですね。
中嶋さん:大学院では「eポートフォリオ」という、子どもたちの学びの記録をデジタルで蓄積していく研究をしていました。日々の学習の成果物や気づきを残し、それを見返すことで自分自身の成長を実感したり、先生が多角的に評価したりする仕組みです。当時はまだ時代が追いついておらず、予算もつかず、研究の社会実装には至りませんでした。その時の悔しさが今の活動のガソリンになっています。デジタル技術が浸透した今こそ、ポートフォリオ評価を導入し、子どもたち一人ひとりの個性を伸ばす教育が可能になると信じています。
新人議員として、あわら市議会で新しい風を吹かせる
編集部:実際に当選され、あわら市議会に入ってみていかがですか。若手議員として苦労されることも多いかと思いますが。
中嶋さん:入る前は、政治の世界はもっと古くて、しがらみの多い、硬直化した場所だと思っていました。「1期目は何もできないぞ」と言われるのではないかと戦々恐々としていたんです(笑)。でも、いざ入ってみると、良い意味でのギャップがありました。あわら市議会は非常にのびのびと活動させてくれる環境で、新人の私に対しても自由に発言させてもらえます。周りの方々に育てていただいているという感覚が強く、思っていた以上に自分のやりたいことに向かって動きやすい場所だと感じています。
編集部:先輩議員の方々とのコミュニケーションで、具体的に印象に残っていることはありますか。
中嶋さん:私が「議会の広報をこう変えたい」「こういうプランを立てたい」と案を持っていくと、先輩方は「ここはこうした方がいいけど、その考え方はいいんじゃないか」と建設的なアドバイスをくださいます。新人だからと門前払いされることはなく、対等な議員の一人として、また未来を担う後輩として接してくださっているのを感じます。こうした環境があるからこそ、委縮せずに新しい提案を出し続けることができています。
議会の透明性を高める「正確な情報発信」の重要性
編集部:現在、特に力を入れているプロジェクトの一つが「議会広報」だそうですね。なぜ広報が重要だと考えたのですか。
中嶋さん:議会が何をしているのか、市民の皆さんに正確に伝わっていないという危機感があるからです。特に、先日の市長選挙を通じて、情報発信の課題が浮き彫りになりました。政策の争点、例えば「子どもの遊び場施設」の建設費用について、根拠のない数字や誤った情報がSNSを中心に一人歩きしてしまったんです。「10億円もかかるなんてもったいない」といった批判が出ましたが、実際には補助金の活用などもあり、遊び場施設だけにそれほど多額の市費を投じるわけではありませんでした。こうした誤解が生じるのは、私たちが適切な情報を、適切なタイミングで届けていなかったからに他なりません。
編集部:SNSで不正確な情報が拡散されてしまう現状を、どう変えていこうと考えていますか。
中嶋さん:現代は情報が溢れていますが、その分、断片的な数字だけが切り取られて広まりやすい性質があります。市長選の際、市民の皆さんが「何が正しいのか分からない」という状態に陥っていました。これは私たち議員の大きな課題です。議会としてどう予算を承認し、どのような議論を経て決定に至ったのか。その経緯を透明性を持って伝えていれば、不確かな数字が一人歩きすることも防げたはずです。市民の皆さんが一票を投じる際、正しい情報に基づいて判断できる環境を整えること。それは民主主義の土台を守る、議会の重要な役割だと考えています。
編集部:広報において、特定の意見に偏ってしまうリスクをどのようにコントロールしていますか。
中嶋さん:私はインスタグラムなどでも発信をしていますが、常に意識しているのは「これは誰かを否定するものではなく、事実を説明するもの」というスタンスです。議員である前に一市民ですから、個人的な意見は当然あります。しかし、議会の広報においては、主観を排して「今、こういう計画がある」「いくらの予算が動いている」という事実を淡々と伝えることが最も大切だと思っています。判断材料としての正確な事実を提示する。その上で市民の方々に考えていただく、という距離感を守るようにしています。

中嶋議員は、あわら市議会の「議会活性化特別委員会」において、自身の専門分野であるデジタルスキルの知見を活かし、議員向けの情報リテラシー研修会(勉強会)を主催しました。新人議員でありながら自ら教材を作成し、機密情報の扱いやSNS利用における著作権・肖像権の注意点など、実務に即したリテラシー向上を働きかけています。
少子高齢化社会における「学校再編」と地方教育の未来
編集部:教育の専門家として、あわら市の学校再編問題にはどのように取り組んでいこうと考えていますか。
中嶋さん:あわら市は他の市町と比較しても少子高齢化が非常に進んでいます。1学年に数十人しかいない学校もあり、今後、学校を統合するのか残すのかという議論は避けられません。しかし、今私が危惧しているのは、「残すか・壊すか」という二択の議論だけが先行してしまうことです。その前に「あわら市の子どもたちにどんな教育を届けたいのか」という根本的な目的を明確にしなければなりません。そこを抜きにして施設の議論だけをしても、納得感のある解決には至らないでしょう。
編集部:学校再編の議論において、まず取り組むべきステップは何でしょうか。
中嶋さん:議論の順番を正すことです。まずは現状の課題をしっかり把握し、共有すること。あわら市の教育における未来予想図をどう描くのか。ちょうど今年、教育の基本計画を見直すタイミングが来ています。私は議員として、行政が立てた案をただ賛成・反対するだけでなく、その計画の立て方や市民の意見の聞き方に対して、データや他市の成功事例をもとに建設的な問いかけを行っていきます。
編集部:視察に行かれたことのある福島県大熊町の事例など、今後の活動に活かしたい知見はありますか。
中嶋さん:大熊町での取り組みには非常に刺激を受けました。子どもが極端に少なくなった環境で、AI教材を駆使して一人ひとりの習熟度に合わせた学びを実現しつつ、少人数だからこそできるコミュニティづくりを行っていました。不登校だった子がその学校では楽しそうに学んでいるという話を聞き、地方教育の新しい形を見た気がします。あわら市も少人数校を抱えていますが、それを「課題」として捉えるだけでなく、少人数だからこそできる最先端の教育モデルを構築する「チャンス」に変えていきたい。そのために、全国の成功事例をあわら市に還元し続けたいと思います。
議員のあり方をアップデートする、民間感覚と納税者の視点
編集部:会社員として仕事を続けながら議員活動を行う「兼業議員」というスタイルについて、改めてその意義をどう考えていますか。
中嶋さん:非常に大きいと感じています。議員の仕事は役所へ行くだけではありません。会社員の視点、あるいはデータサイエンティストとしての視点を持ち続けることで、行政の議論を民間感覚でチェックすることができます。政治家だけの世界に閉じこもるのではなく、社会の第一線で実務をこなし、納税者としての実感も持ちながら議場に立つ。このスタイルこそが、今の時代に求められる新しい議員のあり方の一つではないかと自負しています。

編集後記
あわら市に生活の拠点を構え、この街で生きていくことを選んだ中嶋さん。彼女の言葉には、30代らしいバイタリティだけでなく、データと論理に裏打ちされた冷静な分析力が同居している。
地方創生という言葉が叫ばれて久しいが、真に求められているのは、彼女のように「外の世界」の論理を熟知した上で、「内の組織」に入り込み、システムの微調整を繰り返せる存在ではないだろうか。EdTechの知見と、あわら市の温泉を愛する一市民の視点。その二つが交差する場所に、これからの地方自治の新しいスタンダードが形作られていく予感がした。
