今回は、奈良県宇陀市健康福祉部健康増進課 保健センターの作業療法士・谷村賢司さんに話を聞いた。
宇陀市に生まれ育ち、作業療法士として病院と訪問リハビリの現場に約20年立ち続けてきた谷村さん。2026年4月、その現場を離れ、市の保健センターに入るという大きな決断をした。目指すのは、「病気になってから治す」のではなく「病気になる前に防ぐ」ことだ。
リハビリの専門職が行政に入る例はまだ全国的にも少ない。市民約2万6,000人を対象に、赤ちゃんから高齢者までの予防に挑む谷村さんに、これまでの歩みとこれからの展望を聞いた。

山あいの集落で育った少年時代
編集部:まずは、これまでの歩みからお聞かせください。ご出身はどちらですか。
谷村さん:生まれも育ちも宇陀市です。大宇陀地域の、家が山の中にあるようなところで育ちました。
編集部:どのような子ども時代を過ごされたのでしょうか。
谷村さん:ずっと野球をやっていました。ただ、家から小学校までがすごく遠くて、低学年の足だと片道2時間近くかかるんです。ずっと山道で。だから山で遊ぶのが基本というか、そういう毎日でしたね。
編集部:片道2時間の山道を毎日歩いて通う。それ自体が足腰の鍛錬になりそうですね。ご近所とのつながりはいかがでしたか。
谷村さん:隣近所は5軒ぐらい固まっているんですが、その中はみんな家族みたいな感じでした。分かりやすく言うと、トトロの里みたいな地域ですね。鹿もイノシシも狸も出ますし、猿が出てくるときもあります。
編集部:自然と人の距離が近い環境だったのですね。野球はいつまで続けられたのですか。
谷村さん:小中と野球をやっていて、高校は自宅から遠すぎて、通うので精一杯だからと野球を諦めざるを得ませんでした。ただ、その後に進んだ作業療法士の養成学校に野球部があったので、そこでまた入り直したんです。
豊かな自然の中で体を動かし、小さな集落の濃い人間関係の中で育つ。人と向き合う仕事の土台は、この大宇陀の暮らしの中で育まれていった。

高校時代の出会いから、作業療法士の道へ
編集部:作業療法士という仕事は、どのようなきっかけで知ったのでしょうか。
谷村さん:リハビリに興味を持ったのは高校生ぐらいの時です。もともと人のお世話をしたいという気持ちがあって、そんな時に作業療法士という仕事を紹介してくれた人がいたんです。「作業療法士がいいんじゃない」と。
編集部:谷村さんの適性を見抜いた紹介だったのですね。理学療法士との違いなど、一般にはあまり知られていない部分も多い職業だと思います。作業療法士とは、どのような仕事なのでしょうか。
谷村さん:リハビリテーションの国家資格には理学療法士、作業療法士、言語聴覚士の3つがあります。理学療法士が完全に体のプロだとすると、作業療法士はこころとからだの専門職で、プラスアルファで体の専門でもあるという職種です。心と体はつながっているので、広く見られるところが特徴ですね。
編集部:昔から、人と接することへの抵抗はなかったのですか。
谷村さん:そうですね。結構それがスッといけている人間だったと思います。育った地域柄も大きいと思いますね。小さな集落だったので、子どもからお年寄りまで、世代を問わずいろいろな人と日常的に関わってきましたから。
編集部:養成学校では、どのようなことを学ばれたのでしょうか。
谷村さん:基本は医学系ですね。解剖学から始まって、地域の保健師さんが学ぶような地域福祉の勉強まで、幅広く学びました。今まさに保健センターでやっていることが、養成課程の単位として入っているんです。

病院で、家で。現場に立ち続けた約20年
編集部:卒業後は、どのようなキャリアを歩まれたのですか。
谷村さん:医療法人の病院に入職して、リハビリテーション科に約11年所属しました。入院の方と外来の方のリハビリが専門です。病院では1日に10人から15人ぐらいを担当していました。その頃から並行して、訪問リハビリという地域に出るリハビリにも携わるようになって、家に行かせてもらって、家での生活を支えるリハビリを専門にやってきました。訪問リハビリは約9年になります。
編集部:リハビリというと、体の機能を回復させる訓練というイメージがありますが、実際はどのようなものなのでしょうか。
谷村さん:手術をした後の方もいれば、手術をせずそのままの状態でリハビリに入る方もいます。特徴的なのは「残存能力」への働きかけです。お医者さんが病気に対する治療をするのに対して、リハビリは病気をしている部分も治療しますし、病気をしていない部分にも焦点を当てて、強みを伸ばしていくんです。
編集部:たとえば左足が使えなくなったら、右足を強くしていく、というようなことでしょうか。
谷村さん:そうです。もちろんお医者さんとの連携が基本のベースで、カルテもお互いに見ながら、常に連携を取ってリハビリをさせてもらっています。
編集部:日々続けるうちに、少しずつ歩けるようになっていく方もいらっしゃるのですね。
谷村さん:1か月、2か月とやっていくうちに、どんどん歩けるようになっていく。それがこの仕事の醍醐味ですね。基本は一対一の関係性なので、直接「ありがとう」と言ってもらえる。一言で言うと、喜ばれる仕事だと思っています。
編集部:一方で、大変な面もあるのではないでしょうか。
谷村さん:とにかく体力面ですね。訪問リハビリだと1日7件のお宅を回って、1人1時間ぐらいリハビリをさせてもらうので、1日7時間ずっと体を動かしっぱなしです。ただ、自分の体のことが分かっていないと人の治療はできないので、腰を痛めそうだなと思ったら予防で体操をしたりと、自分のリハビリをしながら人のリハビリをしているような感覚です。
一対一で人と向き合い、回復を喜び合う。その積み重ねの約20年が、谷村さんに「そもそも病気になる人を減らせないか」という次の問いを生んだ。

「依頼を待つリハビリ」から「誰にでも届く予防」へ
編集部:2026年4月に、長く勤めた現場を離れて宇陀市の保健センターに入られました。大きな決断だったと思いますが、どのような思いがあったのでしょうか。
谷村さん:一番の目的は、予防です。予防をしていけば、病気をする人が減る。そのためにリハビリ専門職の力を発揮したい。それがこの4月から行政に入った理由です。
編集部:現場で治療にあたることと、行政で予防に取り組むことは、何が違うのでしょうか。
谷村さん:今までは、依頼を受けないとリハビリができなかったんです。「この人のリハビリに行ってください」と言われて初めて関われる。でも行政に入れば、対象は市民の皆さんになります。予防のリハビリは誰にでもできる。宇陀市の人口は約2万6,000人ですが、高齢者だけではなく、赤ちゃんから全員が対象です。
編集部:一人ひとりへの治療から、市民全体への予防へ。関われる範囲が大きく広がるのですね。ただ、長く担当されてきた利用者の方との別れもあったのではないですか。

谷村さん:9年間ずっと担当させてもらった方もいたので、正直、かなり抵抗はありました。それでも、この決断を理解してもらって送り出してもらいました。
編集部:行政の中に、リハビリの専門職はいらっしゃるものなのでしょうか。
谷村さん:ほとんどいません。だからこそ、リハビリの知識と技術を予防の事業に活かせないか、というのが挑戦なんです。保健センターには保健師さん、看護師さん、栄養士さん、歯科衛生士さん、精神保健福祉士さんと、医療関係の専門職がたくさんいます。そこにリハビリの専門職が加わることに意味があると思っています。
編集部:市民にとっては、相談窓口にリハビリの専門職がいること自体が心強いですね。
谷村さん:体や心の病気の予防に関する相談は私たちが受けて、住まいやお金の困りごとなど別の分野の相談であれば、関連する部署につなぐことができます。行政はいろいろな課題の入り口になれるんです。

あたまの健康づくり「プラチナサロン」と、企業との連携
編集部:現在は、どのような事業に取り組まれているのでしょうか。
谷村さん:「プラチナサロン」という、知的に楽しむ脳の健康サロンに取り組んでいます。脳は鍛えるより、楽しく使うことで活性化するんです。そして、脳の健康の背景には必ず生活習慣病がついてくるので、生活習慣の改善まで含めて幅広く関わっています。バランスの良い食生活や運動の習慣で生活習慣病を減らせるというエビデンスはすでに大量に出ていて、予防を推進していくのは国の方針でもあるんです。
編集部:サロンの現場を取材した際、参加者からの相談に何でも応じていらっしゃる姿が印象的でした。
谷村さん:市民の方と直接向き合うので、引き出しが多くないとできない仕事ですね。だからこそ、心と体を広く見る作業療法士の強みが活きる場面だと思っています。
編集部:企業との連携も進んでいると伺いました。
谷村さん:宇陀市と宇陀市立病院が、国立循環器病研究センターや国立長寿医療研究センターといった研究機関、複数の民間企業と包括連携協定を結んでいます。行政・医療・民間企業・研究機関が連携して、科学的根拠に基づく予防の事業モデルを構築していこうという取り組みです。セミナーでの情報提供から、認知機能のチェック、電力データを活用した見守り、運動や栄養を組み合わせた予防プログラムまで、それぞれの強みを予防の事業に活かしています。こうした連携体制は、この市の特徴的な部分だと思います。
※宇陀市の企業・研究機関との包括連携協定について、詳しくはこちら(宇陀市公式ホームページ)
小さな市が単独で予防に取り組むのではなく、専門職の力と、企業や研究機関の力を掛け合わせる。宇陀市の予防のまちづくりは、地域の外の力も巻き込みながら進んでいる。

地域に出るリハビリ専門職を、全国に増やしたい
編集部:リハビリの業界全体では、人材は足りているのでしょうか。
谷村さん:病院は足りているんです。ただ、私のように地域に出ていくリハビリの専門職は足りていません。病院の中だと、医者も看護師もいろいろな職種もいて、何かあったときのフォロー体制ができています。でも地域に出ると一人になる。そこを不安であり、嫌う人が多いんです。
編集部:安心できる環境を出て、一人で地域に向き合う人をどう増やすか。谷村さんは、職能団体の活動にも関わっていらっしゃるそうですね。
谷村さん:都道府県と全国の作業療法士会に所属しています。職能団体としても、地域や行政に出ていくリハビリ専門職を増やしていこうという教育に力を入れているところです。広報活動もだいぶ力を入れていて、高校に出向いてリハビリテーションの専門職という仕事を紹介したり、大きな商業施設にブースを出して健康教育やリハビリの体験をしてもらったりしています。
編集部:人のお世話をすることが好きな若い人たちに、この仕事のやりがいが届いてほしいですね。最後に、今後の展望をお聞かせください。
谷村さん:リハビリ職が行政に入って予防に取り組む地域は、まだ本当に少ないんです。だからこそ、宇陀市でリハビリの知識と技術を予防の事業に活かして、病気になる人を減らしていく。まずはそこに貢献することが一番の目的です。

病院で11年、訪問リハビリで9年。一人ひとりと向き合ってきた作業療法士が、今度は市民2万6,000人の「病気になる前」に向き合う。谷村さんの挑戦は、リハビリ専門職の新しい働き方を全国に示すモデルケースになるかもしれない。
プロフィール:谷村 賢司(たにむら・けんじ)
奈良県宇陀市出身・在住。宇陀市健康福祉部健康増進課 保健センター所属。作業療法士・認知症ケア専門士。宇陀市大宇陀地域の山あいの集落に生まれ、小中学校時代は野球に打ち込む。高校時代に作業療法士という仕事に出会い、養成学校で医学から地域福祉までを学ぶ。卒業後は医療法人の病院のリハビリテーション科で約11年、入院・外来のリハビリを担当し、地域に出向く訪問リハビリにも約9年携わる。2026年4月、病気の予防にリハビリ専門職の力を活かすため宇陀市保健センターに入職。あたまの健康づくり事業「プラチナサロン」の運営など、市民約2万6,000人を対象とした予防事業に取り組む。
編集後記
谷村さんの話で印象的だったのは、「今までは依頼を受けないとリハビリができなかった」という言葉だ。目の前の一人を治すことにやりがいを感じながらも、その手前にいる大勢の市民には、依頼が来るまで関われない。約20年現場に立ち続けた人だからこそ、この構造のもどかしさが見えていたのだろう。
行政にリハビリ専門職がいる自治体は、まだ全国でも少ない。保健師や栄養士と並んで、心と体を広く見る作業療法士が相談窓口にいる。この体制がどんな成果を生むのか、宇陀市の挑戦はほかの自治体にとっても試金石になるはずだ。
取材の中で谷村さんは、自分の腰を痛めないよう予防の体操をしながら人のリハビリをしている、と笑っていた。人を支える人が、まず自分の体を整える。予防のまちづくりは、そんな足元の実践の延長線上にある。宇陀市から生まれる新しいモデルを、これからも追いかけたい。
