広島県呉市に属する、美しい海に囲まれた下蒲刈島。この島で、アメリカ仕込みの経営感覚と航空業界で培ったマネジメント能力を武器に、新たな風を吹き込んでいるのが小島亮(まこと)さんです。
海外生活、大手航空会社での要職を経て、なぜ彼は40歳を目前に「地域おこし協力隊」としての道を選んだのか。その唯一無二の軌跡と、島での起業に向けた熱い想いを紹介します。
アメリカで学んだ「観光・経営」と、航空業界への情熱
編集部: 小島さんは呉市のご出身ですが、高校卒業後はアメリカの大学へ進学されたそうですね。当時の経緯を教えてください。
小島さん: 高校卒業までは地元・呉市で過ごしました。幼少期からハワイやイギリス、そして国内旅行など、家族で旅に出る機会が多かったんです。知らない世界に触れるワクワク感が大好きで、高校生の頃には「将来は客室乗務員(CA)になりたい」という夢を持っていました。本場で観光学を学び、英語を身につけることが近道だと考え、渡米を決意しました。アメリカの大学では4年半、観光学と経営学を専攻しました。
編集部: 大学卒業後の就職活動は、いかがでしたか。
小島さん: 私が大学を卒業した頃はまさに「就職氷河期」でした。アメリカでの学びを武器に男性CAを目指して就職活動に励みましたが難しく、卒業後は1年間のビザを利用してロサンゼルス国際空港で勤務しました。そこでは、空港実務の最前線を肌で感じることができました。帰国後は広島に戻り、祖母がもともと運営していた飲食店を一緒に切り盛りしました。毎日新聞に取り上げられるほど繁盛させた時期もありましたが、やはり「空の世界」への情熱は捨てきれず、再び航空業界へと戻ることになります。

高校時代からの夢であるCAに憧れ、本場での学びを選択した小島さん。氷河期という逆風により特定の職種への挑戦は叶わずとも、そこで得た国際感覚と経営視点が、後にフィリピン航空でのマネジメント業務や現在の島での起業という形で開花しています。
航空業界の第一線から、家族のために決意した「島へのUターン」
編集部: その後、念願の航空業界で目覚ましいキャリアを積まれましたね。
小島さん: 中部国際空港(セントレア)での勤務を経て、フィリピン航空にスカウトされました。そこから12年間、スーパーバイザーとして飛行機の運航マネジメントという非常に責任の重い業務に携わりました。分刻みのスケジュールの中で安全を管理する仕事は充実していましたが、結婚し2人の子供を授かったことで、人生の優先順位が少しずつ変化していきました。
編集部さん: 協力隊への応募は、何がきっかけだったのでしょうか?
小島さん: 勤務地の福岡から、いつかは地元である広島に近づきたいと考えていたんです。そんな時、メディアニュースで下蒲刈島の協力隊募集を偶然見つけました。ちょうど息子の小学校入学という大きな節目が重なったこともあり、「今が動く時だ」と。妻とも何度も話し合い、家族で島へ移住する決断をしました。

12年間という長きにわたり、大手航空会社で運航の舵取りを担ってきた小島さん。そのプロフェッショナルな経歴を携えて島に戻った背景には、父親として、そして地元出身者としての「故郷を次世代へ繋ぎたい」という強い願いがありました。
「フリーミッション」で見つけた、島のリアルと可能性
編集部: 下蒲刈島の地域おこし協力隊は、現在3年目とのことですね。活動1〜2年目はどのようなことに取り組まれましたか?
小島さん: 下蒲刈島の協力隊は、自分で企画を立てる「フリーミッション型」でした。着任当初は自分の経験から様々な企画を提案しましたが、実際に島で過ごしてみると、当時の企画が島の現状にはそぐわない部分もあると気づきました。まずは足元を固めようと、イベントの盛んな地域だったのもあり、1年目は島内のイベントサポートや、美術館の展示案内を英語へ翻訳する活動を行いました。また、入館者を増やすための5施設巡りスタンプラリーも実施しました。
編集部: 印象に残っているイベントはありますか。
小島さん: はい。2年目に主催した「レトロカーミート&とびしまマルシェ」です。イベントでは、とびしま海道の魅力を発信できる場として地元出展者20店舗を集めたマルシェや、レトロカー60台を島へ招致しました。クラウドファンディングにも挑戦し、資金集めは決して簡単ではありませんでしたが、行政の方々の手厚いサポートや、島の方々の協力のおかげで、無事にイベントを成功させることができました。島の人たちとの信頼関係が、この活動を通じてより深まったと感じています。

協力隊になってから一眼レフカメラを始め、ドローンの資格取得にも励む小島さん。自ら空撮映像を制作し、島の魅力を視覚的に伝える努力を続けています。航空業界で培った計画性と、島の人々に野菜をお裾分けしてもらえるような温かい関係性が、彼の活動を支えています。
未来への展望:キッチン設立と「加工食品」での起業
編集部: 協力隊の任期は残り10ヶ月を切りました。今後のビジョンを教えてください。
小島さん: 協力隊の活動中に副業として株式会社を設立しました。今年の夏には、補助金を活用して加工食品の製造・卸売を行うキッチンをオープンさせる予定です。管理栄養士である妻の専門性を活かし、島の規格外野菜を使ったピクルスやオリーブ、また島内の道の駅でニーズがあるベーグルの製造・販売を手掛けていきます。
編集部: 島での「起業」がいよいよ本格化しますね。
小島さん: キッチンの建設も具体的に進んでおり、今後はドローン映像を活用したプロモーションや、島に立ち寄るクルーズ船のコーディネート事業なども視野に入れています。島の方々から「これ使いんさい」と譲ってもらう新鮮な野菜を、新しい価値に変えて全国へ届ける。それが、私を温かく迎えてくれた下蒲刈島への恩返しであり、協力隊終了後の自分の役割だと思っています。

小島さんの強みは、妻という最強のパートナーと共に、持続可能なビジネスモデルを構築している点にあります。任期終了後もボランティアではなく、収益を確保しながら地域課題を解決する。彼のキッチンは、島の新たな雇用と活力を生む拠点となるはずです。
編集後記
幼少期の旅体験から始まり、アメリカ、そして航空業界の第一線へ。小島亮さんの歩みは、すべてが下蒲刈島での挑戦に繋がっていました。就職氷河期を乗り越えた強さと「旅」を愛する少年の心が、今、島の魅力を世界へと繋ごうとしています。
