富山県の中東部に位置し、雄大な剱岳(つるぎだけ)を仰ぐ上市町。この町で「地域おこし協力隊」として、トレイルランニングやスポーツを通じた地域活性化に挑んでいるのが塚本 寛章さんです。みずほ証券でのキャリアを歩んでいた20代の若者が、なぜ一度は離れた富山の地へ戻り、自らの「好き」を地域活動に繋げる道を選んだのか。その決断の裏には、組織の枠を超えて自分らしく地域に貢献したいという強い想いがありました。

全国転勤の葛藤と、富山で見つけた「走る喜び」
編集部:もともとはみずほ証券で専門性の高い業務に携わられていたそうですね。
塚本さん:はい。愛知出身で、大学から東京に出た後、みずほ証券に入社しました。最初の配属先がたまたま富山県富山市だったんです。それまで都会暮らしが中心で田舎には縁がなかったのですが、趣味のアウトドアや山が身近にある環境が自分にはすごく合っていて。富山での生活は、雪の苦労こそありましたが、食も美味しく、人の繋がりも温かくて本当に充実していました。
編集部:その後、転勤で広島へ行かれたことが転機になったのでしょうか。
塚本さん:富山で3年間過ごした後、広島への異動が決まりました。その時、あらためて自分にとって大切なものは何かを考えるようになったんです。富山でせっかく築いた大切な人間関係や、素晴らしいコミュニティとの繋がりをここで断ち切りたくない、ずっと大事にしていきたいという想いが強くなって。大好きな富山の人たちと共に歩む未来を、自分の手で作っていきたいと決意しました。

富山での3年間で得た充実感と、そこで出会った人々との絆。組織としての環境の変化を機に、自分が本当に大切にしたい居場所を見定めた塚本さんの決断は、地域への深い愛着に基づいたものでした。
「2位入賞」の実績と、業務委託型での再挑戦
編集部:そこからどのようにして上市町の地域おこし協力隊に辿り着いたのですか。
塚本さん:富山に戻る方法を模索する中で、偶然メディアで地域おこし協力隊のことを知りました。実は富山にいた頃、趣味でトレイルランニング(山を走る競技)に打ち込んでいて、上市町で開催された大会で2位に入賞したことがあったんです。上市町が「業務委託型(フリーミッション)」で協力隊を募集しているのを知り、「自分の好きなトレイルランやスポーツを仕事にして、恩返しができるチャンスだ」と直感しました。
編集部:大会2位とは、かなりの実力ですね!役場の反応もすごかったのでは?
塚本さん:ありがたいことに、当時の成績や活動を知ってくれていた担当者の方がいて、話がスムーズに進みました。雇用型ではなく、自分で事業を提案する業務委託型だったことも大きかったです。好きなことを通じて地域に貢献し、それを将来的な自分の「業」にしていける。そんなワクワク感が、転職の決め手になりました。

趣味で培った「圧倒的な実績」が、地域との最高の接点となりました。行政の募集に自分を合わせるのではなく、自分の「好き」を町にぶつけるという攻めの姿勢が、理想的なマッチングを生んでいます。
0から50人のコミュニティへ。動き出した「ランニングクラブ」
編集部:現在は具体的にどのような活動をされているのですか。
塚本さん:大きく分けて3つあります。1つ目は、地域に「ランニングクラブ」を立ち上げること。規約作りから始めて、チラシ配りやSNS募集など0からスタートしましたが、1年で20代から70代まで50名ほどが集まるコミュニティに成長しました。週に1回、町の土手や公園をみんなで走っています。
編集部:他にも部活動の指導などもされているとか。
塚本さん:はい、2つ目は中学校の野球部の地域移行への参画です。私自身、高校まで野球をやっていたので、指導資格も取得して、現在は週に数回中学生の指導にあたっています。3つ目は、かつて自分が走ったトレイルラン大会の運営側としての参画です。昨年は参加者が1,000人を超える規模になり、大会をどう持続可能なものにしていくか、事務局の一員として試行錯誤しています。

競技者としてだけでなく、指導者や運営者として多角的に地域に関わる塚本さん。特に「0から50人のコミュニティを作った」という集客実績は、協力隊の枠を超えた確かな起業家精神を感じさせます。
「剱岳」に見守られ、人口増加のハブを目指す
編集部:塚本さんが感じる上市町の魅力、それ今後の展望を教えてください。
塚本さん:上市町には登山家の憧れである「剱岳」があり、水も空気も本当にきれいです。「日石寺」のような歴史ある観光地もあり、食事を楽しめるほか、滝行体験もできる山と街が一体となった魅力があります。生活面でも、車で30分もあれば富山市内へ出られるので、不便を感じることはありません。

編集部:任期が終わった後のイメージは描けていますか。
塚本さん:今始めているコミュニティやイベントを、しっかり「事業」として成立させたいです。今は町の仕事として会費を抑えていますが、将来的には対価をいただいても満足してもらえる価値を提供し、独立した事業にしていきたい。私がモデルケースとなって、豊かな自然やスポーツの魅力を発信し続けることで、上市町に興味を持つ人を増やし、将来的には人口増加にも貢献できればと思っています。

自分の事業を独立させることで、町に定着し続ける。その決意は、単なる「移住者」ではなく「地域の担い手」としての自覚に満ちています。若きトレイルランナーとしての経験を持つ彼が切り拓く上市町の新しい形に、大きな期待が寄せられています。
編集後記
みずほ証券での戦略的な視点と、アスリートとしての行動力。その両輪を持つ塚本さんは、上市町にとってまさに「待望の逸材」ではないでしょうか。28歳という若さで、自分の「好き」を地域課題の解決に結びつける姿は、地方創生の新しい可能性を提示してくれています。剱岳の麓を爽快に駆け抜ける彼の活動が、次はどんな驚きを届けてくれるのか。上市町のランニングクラブから、また新しい物語が生まれる予感がします。
