環境省・住友林業の経験を糧に、人口約900人「愛知のてっぺん」へ。澁澤 悠哉さんが豊根村で描く、地域とつながるカフェ付きゲストハウスの夢

愛知県で最も人口が少ない村、豊根村。ここで「地域おこし協力隊」として、カフェ付きゲストハウスの開業を目指し奮闘しているのが澁澤 悠哉さんです。かつては東京で大手ハウスメーカーの研究職や環境省への出向を経験してきた澁澤さんが、なぜ縁もゆかりもない小さな村への移住を決めたのか。その背景には、家族の健康と、自分らしいライフスタイルを模索した末の決断がありました。


東京での経験と、伊豆高原で見つけた「人と関わる喜び」

編集部:移住前は東京で大手ハウスメーカーに勤めていたそうですね。

澁澤さん:はい。9年間勤務し、最初は木材の研究職、その後はIR(投資家向け広報)へと異動して企業の中核を担う業務に邁進していました。しかし、コロナ禍をきっかけに働き方を見つめ直すことになったんです。当時は決算対応などに追われ、リモートワーク中心の生活でした。非常にやりがいのある仕事でしたが、住む場所や日々の過ごし方を自分自身で選択できる働き方に、より魅力を感じるようになっていったんです。

編集部:その後、静岡県の伊豆高原でキャンプ場の管理人を経験されたとか。

澁澤さん:知人の縁で紹介していただいたんです。都会で培ったキャリアを一度横に置き、家族とともに個人事業主としての道を歩み始めました。もともと人と関わるのは苦手だと思って研究職を選んだところもあったのですが、管理人をやってみると、お客さんや地元の方と「おはよう」と会話をするのが意外なほど楽しくて。自分にとっての心地よい居場所はここにある、と気づかされました。

都会での目まぐるしい日々から一転、自然の中で「おはよう」と交わす挨拶に喜びを見出した澁澤さん。かつては「苦手」だと思い込んでいた人との関わりこそが、実は自分自身を最も生かす居場所だったという気づきは、働き方に悩む多くの現代人の心に響くはずです。

子供の変化が教えてくれた、自然の中で暮らす価値

編集部:移住はお子さんにとっても大きな転機になったようですね。

澁澤さん:そうですね。子どもが2人いるのですが、東京にいた頃、上の子は都会の刺激に過敏に反応してしまう場面もありました。お店の騒音や救急車のサイレンなど、常に多くの刺激に囲まれていましたから。でも、自然豊かな環境に移ってからは驚くほど社交的になり、今では誰とでも目を見て挨拶ができるようになりました。少人数制の教育環境が、上の子にはぴったりハマったんだと思います。

都会の喧騒という過剰な刺激から解放され、お子さんの個性がのびのびと開花していく様子は、教育環境の重要性を改めて教えてくれます。家族の健やかさを最優先に考え、理想の地を追い求める澁澤さんの決断は、確かな果実となって家族の笑顔に現れていました。

豊根村での挑戦。環境省での経験が繋いだ「地域おこし協力隊」

編集部:そこからさらに豊根村へ移住されたきっかけは何だったのでしょうか。

澁澤さん:妻の出身地に近い愛知県内で移住先を探していた際に出会ったのが豊根村でした。移住ツアーに参加した際、役場の方から「地域おこし協力隊の枠を活用して、夢を実現してみないか」と提案を受けたんです。実は会社員時代に3年間、環境省へ出向して自然環境系の部署にいたので、制度としての「地域おこし協力隊」の存在を深く知っていたことも、今回の一歩を後押ししてくれました。

編集部:現在はどのような活動をされているのですか。

澁澤さん:フリーミッション型の協力隊として、1年目はまず地域を知ること、そして自分を知ってもらうことを大切にしています。全戸配布のチラシを配ったり、国勢調査員として一軒一軒のご自宅を回ったり。高齢者が集まる「サロン」の運営にも携わりながら、日々を過ごしています。

環境省への出向経験を持ち、行政の仕組みに触れてきた澁澤さん。現場では一人の移住者として、全住民への挨拶回りや運営の最前線から地域を支える実直な歩みを続けています。その姿勢こそが、新しい風が村に馴染んでいくための、最も大切なプロセスであると感じさせます。

村長へのプレゼン。描くのは「愛知のてっぺん」の交流拠点

編集部:今後の目標であるカフェ付きゲストハウスについて教えてください。

澁澤さん:豊根村は現在、人口900人を切り、村内の飲食店は片手で数えられるくらいです。役場の方針とも合致し、村長へプレゼンを行いました。豊根村には素晴らしい観光資源がありますが、宿泊できるベッド数が足りない。観光客には少しでも長く村に滞在してほしいですし、一方で平日は、地元の方が育児の合間に立ち寄れるような、温かい交流の場にしたいと考えています。

編集部:自身の事業だけでなく、村の将来についても強い想いがあるそうですね。

澁澤さん:はい。村が好きになり、この先もここで暮らしていきたいと活動をしています。しかし素敵なところが多いのと同時に、様々な課題もあります。豊根村を知ってもらう、興味を持ってもらうことで前向きに変わることもあるのではないかと思っていて、自分のカフェやゲストハウスも、豊根村を知る、訪れるきっかけの一つとなったら幸いです。

編集部:最後に、豊根村の魅力を教えてください。

澁澤さん:一晩中踊り明かす『花祭り』のような不思議で豊かな文化がこの村にはあります。愛知県で最も空に近い「愛知のてっぺん」で、この村の最も上流にある澄んだ水と空気のように、清々しく心地よい居場所を自分たちの手で作っていきたいですね。

人口が少ないからこそ、一軒のカフェが持つ価値は計り知れません。観光客を惹きつける宿泊機能と、村民の日常を支える交流機能。そして自身の移住体験を通じた「村のファンづくり」。澁澤さんの挑戦は、「愛知のてっぺん」から村全体を明るく照らす起点となることでしょう。


編集後記

東京でのキャリア、環境省での出向経験、そしてキャンプ場管理人。一見、多岐にわたる澁澤さんの経歴は、すべてが豊根村での挑戦へと繋がっていました。特にお子さんの成長について語る際の穏やかな表情が印象的で、「何のために、どこで暮らすか」という問いへの、一つの美しい答えを見た気がします。自身の幸せを追求するだけでなく、村の未来や人口増加までを見据える澁澤さんの情熱が、これからどんな新しい風を吹き込むのか、今後も目が離せません。