石川県かほく市。美しい海と豊かな里山に囲まれたこの街に、日本のエンターテインメントの第一線で活躍してきた一人の女性が移住しました。堀江小綾(ほりえ さや)さん。

彼女は東京で17年間、様々なアーティストのサポート活動に携わり、そのうち約5年間はLDH所属アーティストであるEXILEや三代目 J SOUL BROTHERSのボーカルコーチを務めてきました。名だたるアーティストの「声」を育ててきた彼女が、なぜ日本のエンタメ最前線のキャリアを離れ、石川の地を選んだのか。そして、彼女が今、地方で鳴らそうとしている「新しい時代の産声」とは何なのか。地方創生タイムズ編集部が、その核心に迫りました。
東京での17年、トップスターの「声」と共に歩み培った表現の本質
編集部:まずは、これまでの経歴について伺いたいのですが、E-girlsや三代目JSBの登坂広臣さん、今市隆二さんらを直接指導されていたそうですね。
堀江:はい。中目黒にあるスタジオにほぼ毎日通い、デビュー前からトップスターになるまでの過程を共にしてきました。彼らを教えることは、私にとっても大きな誇りでしたし、共に素晴らしい音楽を作り上げていく時間はかけがえのないものでした。
編集部:華々しい世界ですが、プロの現場ならではの責任感や重圧もあったのではないでしょうか。
堀江:プロの音楽シーンは非常にスピード感が速く、常に最高のパフォーマンスを届けることが求められる、非常に挑戦的な場所でした。連日ハードなスケジュールをアーティストと共に乗り越えていく中で、目の前の成果を出すことと同じくらい、あるいはそれ以上に、歌うことがその人の人生を長く豊かに彩り続けるための「サステナブルな向き合い方」を大切にしたいという想いが、私の中で確信へと変わっていきました。
堀江小綾の「声」の哲学
提唱するのは、単なる歌唱テクニックの向上ではない。彼女にとって「歌うこと」は「自分をさらけ出すこと」と同義である。
「上手く歌おうとするのではなく、内側にある声をそのまま出すこと。自分の声を否定せず、受け入れることができたとき、人の歌声は初めて輝きを放ちます」。
驚くべきことに、自分自身を解放し、安心感の中で声を出すようになると、自然と音程のズレ(ピッチ)も解消されていくという。スキルとしての歌ではなく、存在としての歌。この哲学が、彼女の活動の根底に流れている。
「ノリ」で決めた移住が、街の景色を変え始めた

編集部:その後、石川県かほく市に移住されたきっかけは何だったのですか。
堀江:コロナ禍ですべてがオンラインになったことが、大きな転換点でした。以前からギタリストである主人と「豊かな暮らしがしたいね」と話していて。主人の実家が金沢だった縁もあり、海の近くで家を探していたら、たまたまかほく市に良い物件が見つかったんです。本当に「ノリ」で決めたような移住でしたが、今ではこの街の静けさと海の美しさが、私たちの創作の源になっています。
編集部:移住後、すぐに地域に馴染まれたのでしょうか。
堀江:最初はゆっくりするつもりでしたが、地元の情熱的な女性議員さんと出会ったことで一気に活動が広がりました。プロバレーボールチーム「PFUブルーキャッツ」のテーマソング制作を任せていただいたり、市内すべての小学校で「歌と表現」の授業を行うことになったり。気づけば、東京にいた頃とはまた違う忙しさの中にいましたね(笑)。
子どもの未来は、大人の「生き方」の鏡
編集部:実際に小学校を回ってみて、地域の教育現場について感じていることはありますか。
堀江:子どもたちは本当に純粋です。でも同時に、地方ならではの「型にはまって生きるのが正解」という目に見えない圧力を感じているようにも見えます。不登校の子どもたちが増えているのも、今の学校システムや社会の空気に「何かおかしい」と本能的に気づいているからではないでしょうか。
編集部:堀江さんの授業では、どのようなことを子どもたちに伝えているのですか。
堀江:「正しく歌うこと」は教えません。「自分を表現すること」の大切さを伝えています。私が授業で一番大切にしているのは、そこが「何を言っても、どんな声を出してもいい安心安全な場所」であることです。自分を解放してもいいんだと感じられたとき、子どもたちの表情は劇的に変わります。

大人たちが自由に生きる、という教育
堀江さんは、子どもたちの生きづらさを解消するためには「まず大人が変わる必要がある」と説く。
「子どもは親や先生の背中を見て育ちます。大人たちが社会の枠組みに縛られ、我慢して生きている姿を見せていては、子どもたちが未来に希望を持てるはずがありません」。
彼女がかほく市で行っている大人向けのワークショップには、30代から40代の女性が多く集まる。「内側にある声を出したい」という彼女たちの願いは、そのまま「自分らしく生きたい」という叫びでもある。大人がまず自分を解放し、楽に生きる姿を見せること。これこそが、堀江さんが考える最も本質的な教育なのだ。

スポーツの活気に、多彩な「文化の彩り」をプラスする
編集部:かほく市はスポーツが非常に盛んで活気のある街ですが、文化的な活動がそこに加わることで、どのような変化が生まれるとお考えですか。
堀江:この街のスポーツを支える素晴らしい土壌は、本当にかほく市の誇りだと思います。その熱量に加えて、音楽やアートという新しい「表現の扉」をさらに広げていきたいんです。スポーツに打ち込む子もいれば、楽器を手に取りたい子、絵を描きたい子もいる。街の中に多様な選択肢があることで、すべての子どもたち、そして大人たちが、自分の得意な色で最高に輝ける居場所が見つかるはずです。スポーツと文化が手を取り合うことで、かほく市の魅力はもっと多層的に、もっと豊かになっていくと確信しています。

自分の「色」で輝ける街へ
編集部:今後のビジョンを教えてください。
堀江:「自分を表現してもいいんだ」という空気感を、この街全体、そして石川県全体に広げていきたいです。音楽やアートを通じて、人々がもっと楽に、豊かに暮らせるようになること。かほく市を「自己表現ができる街」としてアップデートしていくことが、私の新しいステージでの挑戦です。

編集後記
エンターテインメントの頂点を知る堀江小綾さんが、かほく市というローカルな現場で見つけたのは、技術を超えた「人間の尊厳」としての歌でした。彼女の活動は、単なるボーカルコーチングではなく、地域に住む人々の「心の蓋」を開ける作業でもあります。彼女の奏でるメロディが、かほく市の新しいアイデンティティとなっていく日は、そう遠くないでしょう。(地方創生タイムズ編集部)
