教員、県庁職員を経て、ふるさと納税の最前線へ。池田秀憲さんが副業で立ち上げた、日替わり店長の「交流酒場 よりあい」|徳島県三好市

今回は、徳島県三好市の池田秀憲さんに話を聞いた。

農業高校の教員、徳島県庁の農業職として10年。行政の立場から農業と地域を支えてきた池田さんは、2025年5月、ふるさと納税の中間事業会社へ転職した。さらに2026年2月には、副業として三好市で居酒屋「交流酒場 よりあい」を立ち上げている。

公務員から民間へ、そして地域の飲み屋の主人へ。一見バラバラに見えるキャリアの根っこには、「地域の現場に関わり続けたい」という一本の軸があった。

原点は「農業がしたい」という想い

編集部:まずは、これまでの歩みからお聞かせください。ご出身はどちらですか。

池田さん:生まれは鹿児島です。母親の地元が徳島で、3歳のときに徳島に引っ越してきたので、ほぼ徳島育ちですね。高校まで徳島で過ごして、大学は沖縄の琉球大学に進みました。

編集部:琉球大学では、どのような分野を専攻されていたのでしょうか。

池田さん:農学部で農業を学びました。もともと農業にめちゃくちゃ興味があって、将来は農業をしようと思っていたんです。自然が好きで、動物が好きで、自分で経営したいという気持ちもあって。親族に農家がいたわけでは全然ないんですけどね。

「自分で経営したい」。学生時代に抱いたこの想いが、後のキャリアの伏線になっていく。

農業高校の教員、そして県庁へ

編集部:卒業後は、就農ではなく教員の道を選ばれています。どのようなお考えがあったのでしょうか。

池田さん:最初は高校の教員になりました。農業高校です。いきなり農家になるのは厳しいだろうと考えて、農業高校で基本を学びながら、生徒に教えるという道を選びました。

編集部:教壇に立ちながら、ご自身も農業を学び続ける。濃密な時間だったことが想像できます。その後、教育の現場から行政へ移られたのは、なぜだったのでしょうか。

池田さん:生徒に農業を教えている中で、農業の仕組み自体に課題があることに気づいてしまったんです。苦しんでいる農家さんも目の当たりにして。自分が農業をやるというより、補助金とか制度といった仕組みの側から農家さんを支えたいと思って、県庁に転職しました。

池田さんは公務員試験を経て、農業職として徳島県庁に入庁。部署異動を挟みながらも、ほぼ一貫して農林水産部門を歩むことになる。

県庁での10年。農家を回り、制度をつくる

編集部:県庁では、どのような業務を担当されていたのですか。

池田さん:農業支援といって、農家さんを回って技術指導をしたり、補助金の支援をしたりという仕事が中心でした。3年ほどでの部署異動もあって、農林水産部門から外れた時期も2回ありましたが、10年間、ほぼ一貫して農業に関わってきました。国の補助金の中には制度設計を県に委ねられている部分があるので、その設計を組み立てたり、県の単独事業を企画したりもしました。

編集部:制度設計まで担われていたのですね。具体的には、どのような事業を企画されたのでしょうか。

池田さん:たとえば「農泊」ですね。農家民宿といって、農家のところに来てもらって、体験と宿泊をセットで提供する取り組みです。それを後押しする補助事業をつくりました。農家さんに対する研修の費用だったり、コンテンツづくりのために講師の先生を呼ぶ費用だったり。

編集部:行政の制度が、農家の新たな挑戦と、地域への人の流れを生み出していく。地方創生の根幹に関わるお仕事だったのですね。

池田さん:楽しかったですね。農家さんが体験や宿泊という新しい一歩を踏み出すのを、制度の側から後押しできる。農業を入口に、地域へ人を呼び込む流れをつくる仕事でしたから。

制度をつくる側として農業と向き合った10年。だが「自分で経営したい」という学生時代からの想いは消えていなかった。

「自分で事業をしたい」。10年勤めた県庁を離れ、民間へ

編集部:制度づくりにやりがいを感じながらも、10年という節目で県庁を離れる決断をされました。何が背中を押したのでしょうか。

池田さん:自分で事業をしたいなという気持ちがずっとあって。県庁ではできないことなんですけど、外に出て民間で働きながら、副業もして、自分で経営するという経験をしたいなと思ったんです。

編集部:数ある選択肢の中から、ふるさと納税の中間事業会社を選ばれたのには、どのような理由があったのでしょうか。

池田さん:高知に本社がある会社で、全国50以上の自治体のふるさと納税を支援しています。私は徳島県内の担当自治体に事務所を構えて働いています。東京の大手が手がける中間事業もありますが、うちは地域に入ってやっているので、事業者さんと直接つながりができるのが強みです。

編集部:地域に拠点を構えているからこそ、事業者のもとへすぐに足を運べる。地域密着ならではの強みですね。現在は、どのような役割を担われているのでしょうか。

池田さん:営業に近いですね。担当自治体の事業者さんのところを回って、「ふるさと納税やりませんか」とご提案する仕事です。あわせて、返礼品のサムネイルなどのデザイン制作も手がけています。県庁時代の経験はそのまま活かせています。知っている事業者さんのところに行くこともありますから。

池田さんの勤務先は社員約400名、ここ数年で急拡大している。社員の1割ほどは自治体出身者だという。行政の現場を知る人材が、民間の立場から地域を支える。そんな流れが、確かに生まれている。

副業で居酒屋を開業。日替わり店長の「交流酒場 よりあい」

編集部:そして2026年2月には、副業として居酒屋を開業されました。行政、民間と歩まれてきたキャリアに、新たな一面が加わったように感じます。どのような経緯だったのでしょうか。

池田さん:そうなんです(笑)。めちゃくちゃ忙しいですけど。これも地域の人と関わる中で生まれた話で、市が所有する空き店舗の利活用について相談をいただいたのがきっかけなんです。

編集部:お店を構えているのは、どのような建物なのでしょうか。

池田さん:もともと醤油蔵だった、すごく歴史のある木造の建物です。バーカウンターがあって、以前は日本酒バーのような形で使われていた場所でした。

編集部:運営の仕組みにも、独自の工夫があると伺いました。

池田さん:日替わり店長という形にしたんです。店長さんが自分で食材とメニューを持ち込んで、稼いだ分は持っていってください、という仕組みです。定番でやってくれる人が何人かいて、今は週5日開いています。

編集部:実際には、どのような方々が日替わりの店長を務めているのでしょうか。

池田さん:ピザやパスタなどイタリアン系を中心にやっている人とか、名古屋につながりがある人が春休みや夏休みに来てやってくれたりとか。

編集部:固定の雇用関係を前提としないからこそ、お互いの負担が小さく、誰もが一歩を踏み出しやすい。挑戦の入口として、よく考えられた仕組みですね。

池田さん:そうなんです。お店を持たなくても「自分の店」を試せる場所になっていて、今では地域の溜まり場のようになっています。

コンセプトは「交流して、課題を出し合い、やってみる」

編集部:「よりあい」という店名にも、想いが込められているように感じます。どのような場を目指しているのでしょうか。

池田さん:「交流酒場 よりあい」という名前でやっているんですけど、地域の人、地域内外の人が来て交流して、課題を出し合って、自分でやってみる。そういう場にしたいと思っています。日替わり店長として自分で店をやってみるのもありですし、ただ飲みに来て話すだけでもいい。

地域の人と、外から訪れた人が自然に混ざり合い、まちの課題が話題に上り、小さな挑戦が生まれていく。移住者や関係人口が地域に溶け込む最初の接点としても、「よりあい」は機能し始めている。「交流酒場」と検索すると「よりあい」が候補に挙がるようになってきたというから、その名は着実に広がりつつある。
人が集まり、つながり、何かが始まるためのプラットフォーム。県庁で農泊の制度をつくっていた池田さんが、今度は自らの手で「人が地域と関わる入口」をつくっている。

プロフィール:池田 秀憲(いけだ・ひでのり)

徳島県三好市在住。鹿児島県生まれ、3歳から徳島で育つ。琉球大学農学部を卒業後、農業高校の教員を経て徳島県庁に農業職として入庁。農家への技術指導や補助金支援、農泊推進事業の企画などに10年携わる。2025年5月にふるさと納税の中間事業などを行う会社へ転職し、徳島県内の自治体を担当。2026年2月、副業として三好市で「交流酒場 よりあい」を立ち上げた。
Instagram:@ike_design96

編集後記

池田さんの話で印象的だったのは、キャリアのどの局面でも「現場との距離」を縮める方向に動いていることだ。農業を教えるだけでは足りないと県庁へ。制度をつくるだけでは足りないと民間へ。そして仕事だけでは足りないと、自ら地域の溜まり場をつくった。

「交流酒場 よりあい」の日替わり店長という仕組みは、初期投資もリスクも小さく、誰もが「自分の店」を試せる舞台装置だ。地域に挑戦の入口をつくり、人と人が混ざる場を回す。これは小さな居酒屋の形をした、まぎれもない地方創生の実践である。

行政を知り、民間を知り、自分の手で場を運営する。三つの立場を行き来できる人材は、地域にとって何より貴重だ。三好市の醤油蔵から始まった「よりあい」が、これからどんな人と挑戦を生み出していくのか。楽しみでならない。