黒部峡谷鉄道のトロッコ電車が走り、温泉街の情緒が漂う黒部・宇奈月。この街のインフラを長年支えてきた建設会社の経営者であり、現在は市議会議員としても活動するのが野村康幸氏だ。
「地域の建設業がなくなったら、後々困るのはそこに住む人たちなんです」

野村氏が政治の世界を志した原点には、2009年前後の「コンクリートから人へ」というスローガンの下で公共事業が激減した時期の強い危機感がある。当時、周囲の建設業者が次々と廃業に追い込まれる中で、地域の守り手がいなくなることへの恐怖を肌で感じたという。
「大手にはできない」地域密着のインフラ維持
野村氏は、建設業の役割を単なる「工事」とは捉えていない。
例えば、雪国である黒部において道路の除雪は冬の生命線ですが、これは地元の建設業者が担う重要な任務となっています。除雪専門の会社があるわけではなく、もし地元の業者がいなくなれば、冬の生活そのものが立ち行かなくなるという現実があります。また、全国規模の大手ゼネコンは中心地に拠点を置きますが、地方の細かな困りごとに「すぐ駆けつける」安心感を提供できるのは、その土地に根を張る地域の建設会社だけなのです。
「作れない、直せない状態になってからでは遅い。技術とプレイヤーを地域に維持し続けることが、最大の防災なんです」

宇奈月温泉100周年、そして「ビジョン」の策定
この「地域を守る」という信念は、街の未来を描く取り組みにも反映されている。野村氏は、地域の最前線に立つ一人として、関西電力や外部パートナーと共に「宇奈月ビジョン策定委員会」の議論に参画してきた。
背景にあるのは、街の衰退に対する強い危機感だ。長年この地で発電事業を営んできた関西電力もまた、これまでの地域アクションが十分な実りを結んでこなかった現状を重く受け止めていた。そこで、2023年の開業100周年という大きな節目を機に、企業が全面的に地域と向き合い、共に歩む体制が動き出したのである。
野村氏は、地域住民や現場を知るプレイヤーたちと共に熱い議論を重ね、これからの100年を見据えた「宇奈月を拓く、黒部と生きる」というビジョンを民間主導で作り上げた。行政任せにするのではなく、民間が主体となって「いかに街を開放し、新たな魅力を引き出すか」を徹底的に突き詰めたこの旗印は、街の再生に向けた確かな一歩となったのである。

地域を支え続ける、持続可能なインフラの守り手として
野村氏は「建設屋議員」として、議会の中で一貫した使命感を持ち続けている。建設業出身の議員というと「自社への利益誘導」と見られることもあるが、野村氏はそれを明確に否定する。
「入札制度は厳格であり、自社を有利にすることなど不可能です。私が伝えているのは、あくまで『地域から業者がいなくなるリスク』です」
地元の業者がいなくなれば、最終的に困るのは市民だ。大手企業に頼ろうにも、地元の受け皿がなければ彼らも地域に入ってこられないという構造的な問題を、野村氏は危惧している。道路を作る際、地元の説明会に同行し、専門知識を活かして住民と行政の橋渡しをする。
「誰が工事を落札しようと関係ない。この街が、住み続けられる場所であり続けるために、建設という『武器』を正しく機能させたい」
次世代へ繋ぐ
野村氏の地域への想いは、インフラ整備や政治活動に留まらない。実は、地元の「宇奈月町相撲協会」の会長を務めるという意外な一面も持っている。
そのきっかけは、公益社団法人黒部青年会議所(JC)に所属していた頃に運営に携わった「わんぱく相撲」だった。運営する中で相撲の魅力に惹かれ、JC卒業後も子どもたちに相撲の稽古をつけ続けていたところ、いつの間にか会長職を任されるようになったという。
作業着にヘルメット姿で現場を指揮する傍ら、土俵の上では子どもたちと向き合い、技と礼節を伝える。物理的なインフラ(道路)を守るだけでなく、子どもたちの成長を支え、地域に古くからある文化の火を絶やさないこと。それもまた、野村氏にとっては「地域の守り手」としての重要な任務なのだ。
現場を知る経営者としての専門性、街を想う議員としての使命感、そして次世代を育む温かな眼差し。その多角的な歩みは、100年先も人々が安心して笑い合える黒部の土台を、一歩ずつ、確実に固めている。

取材・文:地方創生タイムズ 編集部
更新日:2026年1月15日
